●タイのおばあさん
というのも、全部で80バーツだという話が進んでいた様子だったのだが、1台80バーツという話になりかけたからだ。列車のチケットが一人144バーツだというのに、手荷物で一人80バーツも取られたんじゃたまったもんじゃない。おまけに、値段の基準は何だ?と尋ねたら、大きさだと言ったくせに、実際の書類には重さで換算してあるじゃないか。一体どっちが本当なんだ。
もうこれ以上もめるのは嫌なので、合計80バーツを支払うことにした。向いに座っているおばあさんは、何度か僕のほうを見て両目を閉じたりして、目くばせをくれたりした。
このあばあさん二人連れは、対面シートの向いにバンコク近郊の駅から乗り込んで座っていた。僕らがタイ語を勉強するためにノートに数字を書き、それを発音して教えてもらってから仲良くなったのだ。
それに、どこまで行くのかと尋ねたら、チュンポンまでと言うではないか!これはラッキーだ。僕らは、チュンポンが近付いたら知らせてくれるよう、このおばさん達に頼んだ。
いろんなコミュニケーションをとっているうちに(もちろんおばさん達は英語は皆目わからないし、タイ語を読むこともできない)、そのおばさんたちは、列車が駅に着き売り子達が来るたびに、僕らが興味を示すと、目くばせをして、「それはいける!」「それはおいしくないから止めたほうが良い」など教えてくれるようなった。
実際、「モー」と呼ばれる牛か何かの肉を干して薄く伸ばした飴色で半透明のシートは、カオ・ニャオと呼ばれる餅米とベストマッチだし、ケンタッキー・フライド・チキンにも負けない鳥肉の唐上げ、ビーフン・ヤキソバなども、窮屈な3等車両に長時間揺られているのを束の間だが忘れさせてくれる。
なかでも彼女らの一番のお気に入りは、落花生だ。小麦色の殻を割って身を取り出して食べるのは日本でもおなじみだが、その身はしっとりと濡れていて、口の中に入れてもカリッとした感触はなくポロポロッと砕ける。
そんな彼女らの真っ黒に日焼けした顔には、くっきりとした皺が何本も刻まれており六・七十台にも見えるが、タイのこの気候風土の中で育ちいろんな苦労をしてきたのだろう、実際はもっと年が若いのかもしれない。
おばあさんの一人は、耳に金のピアスをしていたり、鮮やかなペーズリー柄にも似たワンピースを身に付けていたりしてしっかりと着飾っている。もしかしたら、首都バンコクの子供たちの家にでも出かけていたのかまも知れない。
チュンポン駅で荷物を降ろし、お世話になったおばさんたちに挨拶をしてからホテルを探す。僕はツクツクの客引きを半ば無視してインフォメーションを探すが、見当たらない。もしあってもこの時間じゃなー、と時計を見れば真夜中の9時だ。ちょっと悔しいが、客引きの兄ちゃんの言っていることにすこしは耳を貸すことにする。
「この辺りに、ホテルはあるかい?」
「あるよ、チュンポンでNo.1のホテルだ。」
客引きの兄ちゃんは、一差し指を僕らの目の前に掲げながら、にこやかな笑顔で言った。
僕は別にNo.1じゃなくてもいいんだけどなー、と思いつつ尋ねた。
「一部屋いくらぐらいかな?」
「そうだな…、500バーツぐらいだと思うよ。」
ツクツクに揺られること3分。僕らはそのホテルまで送ってもらう。
無駄に広い部屋は確かにチュンポン1かも知れない・・・などと思いつつ、今夜はここに落ち着くことに決めた。自転車を組み立てるのも部屋の中でできそうなのでラッキーではある。
●パンクでヒッチ
走行1日目の夕方になって、僕のバイクの後輪がパンクしてしまった。休憩のため東屋にバイクを乗り入れるときにコンクリートに角でリムが”ゴツン”と鳴ったので、それが原因だろう。降りて押せばパンクせずに済んだのに・・・と悔やんでも後の祭りである。
早速、後輪を外し修理にとりかかる。予備のチューブを用意しているので、それとパンクしたチューブを取り換えるが、太さが合わない。予備チューブの方が太すぎるのだ。しかたが無いのでパンクしたチューブに空気を入れ穴の場所を特定しようとするが、太陽がほとんど山の谷間に沈もうとしている今、暗くて発見できない。
最後の手段として、太過ぎる予備のチューブを幅1.25インチのタイヤに押し込みいざ出発!・・・しようとしたが、パンパンに入れたはずの空気が、荷物をつんで出発しようとした頃には、どういう訳かすべて抜けてカスカスのタイヤになっていた。
「しょうがねー、ヒッチするかー?」
ヒデに尋ねるが、異論は無いようだ。二人とも初日からナイトランに突入するとは考えてもおらず、ライトや反射鏡等の装備が十分ではないのだ。
幸いこの辺りを走っている自動車の8割はピックアップトラックだ。そのほとんどすべてがTOYOTA・MITSUBISHI・ISUZU等の日本車。残りの1割がトラック・バスといった大型車で、後の1割が乗用車と言った感じ。
ピックアップトラックは前半分は普通の乗用車と同じで、座席は2つしかないことが多い。その代わりその後ろはすべて、軽トラックの荷台のようになっている。自転車を載せて運んでもらうにはこれ以上の条件はない。
問題は、日本の高速道路並みのスピードで突っ走っているピックアップトラックをどうやって止めるかだ。
50m以上離れたところから、ピックアップトラックを発見したら、ヒデに手を上げてサインを送ってもらい、僕がそのトラックにヒッチハイクのサインを送る、という作戦を立てた。だが、思ったほどうまく行かない。
向かってくる車のライトがまぶしくてヒデのサインがわかりにくい。ヒデのサインがわかっても、高速で走っている車をヒッチハイクのサインで止めるのはほとんど無理のように思えた。
と、そこへ1台のピックアップトラックが、近くの交差点を曲がりこちらに向かって来るのに気がついた。すぐに二人で、とりあえず止まってもらえるようにと、おおげさにサインを送ってみる。
幸運にも車は目の前で停車し、運転していたおじさんがわざわざ運転席から降りてきてくれた。状況を察したおじさんが、3km先のモーテルまで送り届ける事を快く引き受けてくれた。助手席の奥さんらしき人も笑顔で歓迎してくれているようだ。
数分だったと思う。涼しくなった夜風に吹かれながら、トラックの荷台から夜空を見上げる。暗闇のなかに無数に輝く星たちは、日の光の中で疲れ果てた僕らを安心させるに十分なほど、落ち着いた輝きを魅せていた。
●思いもよらぬ光景
走行二日目の夕方、広場の端の木陰の下からおじさん達が手招きしているのに気がついた。4人のおじさんとおばさんが四角いテーブルを囲んでいる。誘われるまま近づいて行くと、中心が赤くて長い毛がふさふさと生えた果物らしきものを袋から取り出してすすめてくれた。
皮の剥き方がわからないので躊躇していると、実の真ん中に深くつめを入れ、その溝を左右から広げる様に・・・つまり卵を割るのと同じ方法だが、少々コツがいり力のかけ方が違う・・・隣のおばさんが簡単に実を取り出してみせてくれた。
僕らもまねをするが、2・3回でようやくコツをのみ込めたようだ。味や食感はライチに似ているが、薄味だ。中心に種があり、うまく避けて食べないと渋さで実のうまさがなくなってしまう。
適当なところにホテルがないので、しかたなくナイトランに突入だ。辺りは街灯もなく、ひっそりと静まりかえっているが、タイヤと路面がこすれる音と、虫の鳴き声だけが、時折耳につく。
僕のバイクのライトが見つからない。どうやらバンコクで泊ったホテルに荷物を預けたとき、他の要らない荷物と一緒に置いてきてしまったらしい。しかたがないのでヒデに先頭を走ってもらい、僕はその後を正確にトレースする。実は彼、30歳の今でも視力が裸眼で2.0もあるらしく、昼間は道路標識の文字を僕よりも随分早くキャッチする特技の持ち主だ。きっと暗い中でも、その視力を活用して、障害物を早めにキャッチしてくれるだろう。頼もしい限りだ。
曲がりくねったゆるやかな峠道だが、月明かりのおかげで山や林の輪郭がぼんやりと浮かびあがっている。
「あれ、蛍ちゃうか!」
先頭を走っているヒデがつぶやいた。
僕は走りながら辺りを見回す。眼を凝らしてみると闇の中に、豆つぶほどのランプがいくつか輝いている。じっとその場から動かないで点滅しているもの、まるでUFOの様に飛びながら点滅を繰り返しているものなど様々だ。
走っても走っても、蛍たちは絶え間なく闇の中に輝いている。しばらくの間立ち止り、彼らの闇との戯れを眺める。至福のひとときだ。
●スコールはザッ降ってスッと引くのじゃなかったのか?
三日目も朝から快調に飛ばす。だが、正午を過ぎたころからだんだんと雲行きが怪しくなってきた。
茶屋でコーラを買い、近くの東屋で休憩する。
突然、ザザッときた。道路は洪水の様になる。
だが数分でスッとひいた。
とりあえず止んだ様なので走り出す。
小1時間ほど走ったであろうか、突然、ザザッときた。
すぐに引き返して、手前にあった東屋に引き返す。
道路は洪水の様になり、雨はどんどんと激しさを増す。
辺りは暗く視界は狭い。
30分程の雨宿りで、ようやく雨が上がる。
またまた走り出す。
と突然ザザッときた。
今度は食堂でラーメンでも食ってゆっくり待つことにする。
食い終わってコーラものみ干し、テレビでタイ版モーニング娘の歌を聞き終わった頃、ようやく雨が上がる。
ヨッコラとまた走り出す。
とまた、ザザッときた。
今度は民家に飛び込み、玄関の軒先で雨宿りさせてもらう。
最初から家族がそこに集まり、家族だんらんに花が咲いていたが、珍客の登場で、さらに盛りあがる …タイの田舎街の家は、玄関を夜遅くまで開け放していて、走りながら家族のくつろぐ風景が見えたりする、それだけその辺りは安全ということであろうか…。
そろそろ小降りになってきた頃をみはからって、引きとめる家族に別れを告げた。
またまたザザッときた。もうどうでも良くなった。降るなら降れ!
「おい、走れるか?」
走りながら大声で、ヒデに尋ねてみた。
「おう、いけるぞ!」
との返事。
ザブザブと降りつづける雨と、自分のタイヤが跳ねるしぶきで、靴にはすぐに水が浸水し、ズクズクだ。もちろん全身ビッショリで、サングラスをつけないと、目が痛いくらい。
それでも止まるわけにはいかない。
明日にはプーケットに入らないといけないのだ。
激しく降る雨も、慣れてしまえば特に不都合は感じない。
日中36℃という気温だからか、Tシャツ1枚でも、寒く感じることはない。
その後、雨が強く降れば降るほどペダルは高回転になり、気持ちが良くなってきた。
気分がのった雨中走行も楽しもうと思えば結構楽しめる。
脳内麻薬物質が大量に放出されているとしか思えない。
2・3時間くらいたった頃、ようやく小降りになり1時間ほどのナイトランで街に到着。
気合を入れて冷たい水しかでないシャワーを浴び、冷えたビールをひっかけに出かける。
●プーケット島上陸
ついにタイ本土からプーケットに掛かる橋にさしかかる。しばらくは直線の様にまっすぐ続く道路をひたすら走りつづける。そのまま行くとプーケット・タウンに行ってしまうが、僕らの目的地はビーチなので、軌道修正して、西に向かった。
ジリジリと照りつける太陽は 、容赦なく僕らの体からエネルギーを奪い取ってゆく。ビーチとビーチを結ぶ道路は、海岸線を縫って走るのではなく小高い丘を何度か越えるようにつくられており急坂だ。風が吹けば適度に体をクールダウンしてくれるが、吹かなければ、ムッとする湿気と36℃を越える気温に、何度も自転車を降りて押したい気持ちになる。それでも、それをぐっと堪えてペダルを踏む。
今まで幹線道ばかり走っていた僕らには、小高い丘を越える坂道でも途方もなくきつく感じられる。
何度かアップ・ダウンを繰り返しているうちに、視界にカロン・ビーチが飛び込んできた。青く深い海に小麦色の砂浜、心地好いホテルと海鮮料理、冷えたバーのビールとビートの効いたBGM、...そんなものがもうすぐそこだ。
残されたのは、ビーチまでのダウンヒルだけになった。
★走行記録
チュンポン→プーケット(429km)
7月13日 103km 快晴
7月14日 133km 快晴
7月15日 132km 晴れ後スコール
7月16日 61km 晴れ時々曇り
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