Chablis Premire Cru

 ”CAMPING”の看板がかかった、ゲートをくぐった。すぐ左側に、キャンピング・カーが止まっている。その前の白いプラスチックの椅子に腰掛け、こちらを観ている男性に声を掛けてみる。彼は、金髪の口髭をはやし、ラフな服装をしていて、ツーリストのように見えなくもない。
  「ボンジュール」
  「おお、よく来たね。」
  「一泊したいんだけど...」
  「テントがないとね...」
  「テントならあるよ!ココ・ココ」
 僕は、自転車にまたがったままちょっと後ろを向いて、キャリアの荷物を指さした。
  「なんだ、なら大丈夫だ。じゃ、自転車はここにおいといて、こっちに来てくれ。」
 管理人らしきおやじは、ゲートの外にある小屋に向かって歩いていった。
 僕は、自転車をそこに放っておくと自分の目に入らないので、小屋の壁に横付けした。
 小屋の中に入ってみると、例のおやじがでかいテーブルに座って少しふんぞり返って入り口の方を向いているではないか。「なんだ、そうやって座ってるとそれらしいじゃないか・・・。」などと思いながら、眺めていると。
  「パスポートか何かカードはあるかい?」
と、彼は言った。
  「ちょっと待っててくれ。」
 僕は壁に横付けした自転車にもどってパスポートをとり出した。
  「はい、これ。」
 彼は、パスポートをうけとると、中を見ながら、名前を書き写していく。
  「カトゥカワ・・・?」
  「そうだ。」
  「つぎは?」
  「き・せ・ん」
  「キセンか・・・。ジャポン・・・、イチ・ニ・サン・シ・・・」
 いきなり、彼は日本語を披露してみせた。
  「アン・ドゥ・トゥロア・カッ・・・」
 僕も負けじと、言ってみる。
  「キャンプ場には、日本人はいっぱいくるのかい?」
  「いやほとんど来ないよ、みんなワインを買ってすぐに行ってしまうんだ・・・。」
  「そうだよな、こんなちっちゃな村に泊まってくツアーなんかないよなー、」と心の中で思いながら、僕は妙にうなずいていた。
 そんな間も、彼はノートにいろいろと書き込んでいる。
  「ところで、一泊いくらだい?」
  「45フランだ。」
 彼は、親切にも紙きれに"45F"書いてくれた。
  「えっ?そりゃちょっと高いんじゃない?」
 僕は半信半疑だったが、笑いながらそう言っていた。
 確かに今まで、44フラン払ったことはあるがそこは大変デラックスなキャンプ場で、レストランやゲーム・コーナーがあったので、それは別格と考えて良い。今までは大体25フラン前後が相場だ。
  「タリフは?タリフはどこだ。」
 タリフとはフランス語で料金表のことで、困ったときはいつもこれを探す癖がついている。
  「ここだよ。」
 彼はテーブル真ん中にこちらを向けて張りつけてあるタリフを指さした。そこには、「テント一張り25F、大人一人10F」と書いてある。
  「おい、足したら全部で35じゃないか、35!」
 僕は35のフランス語がわからなかったので、紙に書いてみせた。
  「25+10=35F」
 それも彼が自信ありげに書いてよこした紙切れの下に、一つ一つ説明しながらだ。
 管理人は、しばらく黙ってその紙を見ていたが、
  「おお、ごめんごめん、どうかしてたよ。35フランだ。35・・・」
 実際、彼が書き込んでいるノートの僕の欄より上には三つも"45"が並んでいる。でもそれらの欄にはすべて”大人二人”と書かれている。
  「まったく!ほかの金持ち日本人と違って、そう簡単にはごまかされないぞ!」心の中ではそう思いながら、僕は、からかうつもりで言ってみた。
  「こんな明るいうちから、シャブリでも飲んで酔っぱらってんじゃないの!?」
 ”シャブリ”とは、この村の地名でもあり、有名なワインの銘柄でもある。
 村には、ワイン御殿と言ってもいい程のしっかりした家々が立ち並んでおり。それぞれの酒造にはケーブと言われる洞穴式保存庫があり、その見学もできるようになっている。
 僕は「シャブリ」という言葉を言ってから「しまった、やられた!」そう思ったが、どうやら気づくのが遅かったようだ。
 彼は、ばつが悪そうな表情でいろいろとよくわからない言い訳をしてその場をとりつくろっていたが、つり銭を渡しながら、頼んでもいないのにシャブリのワインについて説明しだした。
  「そうだ、シャブリの普通のならこの辺店では50から60フランで売ってる・・・」
 実はキャンプ場に来るたった5分ほど前に、僕はすでにシャブリのプルミエ・クルー(一級)を買ってしまっていたのだ。

 何軒も軒をならべている商店のなかで、僕は小ぎれいに飾られたショーウィンドーに魅きつけられ、一軒のワイン専門店の前でブレーキをかけた。
 その店にいる客は僕一人のようだった。僕はカウンターの向こうで暇そうにしている女性に声を掛けた。
  「ボンジュール!」
 そう、フランスではいつもこの一言からすべてが始まるのだ。
 壁のラックに並べられたいろんな種類のワインをあてもなく眺めていると、店員の女性が背後から話しかけてきた。
  「よかったら、試飲してみますか?」
  「はっ、はい。ぜひ・・・。」
 突然そう聴かれて驚いたが、試飲できるならそれにこした事はない。
 僕は、シャブリの”グランド・クルー(特級)”をお願いした。もちろん飲んでおいしく感じても、きっと値段が高すぎて買えないだろうと思いながらだが。
 彼女は冷蔵庫から程よく冷えた”シャブリ・グランド・クルー”を取り出し、ワイン・グラスに注いでくれた。
 白ワイン特有のあのツーンとした甘さとすっぱさの中に、豊かでそしてよく締まったボディが感じられる。
  「うまいよ!」
 そう言うと、彼女はすごく満足げな笑顔をみせてくれた。
 今度は、ちょっと遠慮がちに”シャブリ・プルミエ・クルー”をお願いした。
 グランド・クルーに似て、豊かなボディが感じられるが、少し荒っぽいぽさが目立っている気がした。それでも僕には十分満足できるものだった。
 値札には1996年物で65フラン、1995年物で70フランと書いてある。ちょっと予算オーバーだったが、迷わず1995年物を注文した。


 僕は彼の言葉とメモに耳を目を傾けながら、いったい相場いくらなのか聴きのがすまい身構えた。
  「・・・シャブリのプルミエ・クルーならこの辺の店なら65から80フランで売ってる。」
 なんだ、じゃあ僕が払った70フランは普通の値段じゃないかそれもそんなに高くない。と安心したのは束の間だった。
  「でもこれはツーリストに売る値段で・・・」
 くそっ!やっぱりそうだったのか!と思っている僕を後目に彼は続ける。
  「ここから4km程西に行ったところのこの店で買うと、この辺りよりずっと安く買えるよ!」
 彼は酒造の名前と簡単な地図をあたらしい紙切れに書いてくれている。
  「一体いくらなんだい?」
  「そうだねー、普通のなら30フランで、プルミエなら45フランだ。行ってみるといいよ。」
  「えー、けど僕はもうそこで70フランで買っちゃたよ!」
 僕の言ったこの言葉を、彼が理解したのかしなかったのか分からないが。彼はそれに対しては返事を返さずその後も、いろんなパンフレットや地図を手渡してくれ、シャブリのこの地域一帯の催し物などについて説明してくれた。
 でも、どれもこれも皆ツーリスティックな内容で、一日予定を延ばしてまで見たいと思う内容ではなかった。